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東京高等裁判所 平成元年(ネ)2531号 判決

控訴人 株式会社横浜銀行

右代表者代表取締役 吉國二郎

右訴訟代理人弁護士 小川善吉

鈴木重信

控訴人補助参加人 佐藤辰夫

右訴訟代理人弁護士 末岡峰雄

被控訴人 平山久仁子

右訴訟代理人弁護士 牧浦義孝

水地啓子

当審被控訴人補助参加人 平山征夫

右訴訟代理人弁護士 東條健一

主文

原判決を次のように変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金五八万八〇〇一円及び内金五八万六三五四円に対する昭和五九年三月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、当審被控訴人補助参加人に生じた分は同人の負担とし、その余は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因について

請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

抗弁6及び7の事実は当事者間に争いがなく、これらの事実に、≪証拠≫を考え合わせると、次の事実を認めることができる。

1  当審被控訴人補助参加人(以下「征夫」という。)は、昭和四二年二月、姉佐藤克子の夫である控訴人補助参加人(以下「佐藤」という。)が経営する新芝浦自動車の工場長として雇用された。

新芝浦自動車は、佐藤の自宅に構えた事務所のほかに工場一棟を有し、日産自動車株式会社の下請を中心とする自動車塗装等を業務としていたが、昭和五三年一〇月ころに自動車販売の業務を開始してから、多額の未収金が発生するようになつた。このため、征夫は、佐藤から工場長として未収金を回収するよう強く指示され、その回収に努めるとともに、昭和五七年七月一日付けで、同年八月一五日までに未収金を責任をもつて解決する旨の念書を佐藤に差し入れた。しかし、この問題は一向に解決せず、佐藤は、昭和五八年二月ころ、約三四〇〇万円の未収金があり、そのうちの二七〇〇万円余りは征夫が新芝浦自動車の金を使い込んだものであると主張し、未収金の金額及び発生原因についての征夫の説明を納得せず、征夫を告訴するなどと言つて、厳しく同人の責任を追及した。

佐藤は、昭和五八年二月一〇日ころ、征夫に対し、新芝浦自動車の昭和五七年分の未収金一覧表(未収金額合計一三九九万五〇〇四円)を交付し、その処理を求めた。征夫は、そのころ、新芝浦自動車に対する弁償資金として一二〇〇万円を貸してもらいたい旨同人の姉である被控訴人に相談したが、被控訴人から右金員を貸してもらうことができなかつた。

2  また、佐藤は、昭和五八年二月中旬から、被控訴人に対しても再三連絡を取り、征夫が新芝浦自動車の金を使い込んでいるので、その処理に協力してもらいたいなどと言い、その話合いにより、征夫が控訴銀行から一五〇〇万円を借り受け、この借受金によつて征夫の使い込み金を弁償させ、被控訴人は、控訴銀行からの征夫の借受け債務を担保するため、控訴銀行に同額の定期預金をする旨を合意し、このことは、佐藤及び被控訴人から征夫に対して伝えられた。

そこで、被控訴人は、同年二月二八日、日本債券信用銀行に預けていた定期預金一五〇〇万円を解約して、これを佐藤宅に持参したが、佐藤から後日連絡して控訴銀行杉田支店に同道したい旨の申出がされたため、その日はいつたん帰宅し、同年三月五日、佐藤と共に、右一五〇〇万円を持参して控訴銀行杉田支店に赴き、同支店の支店長崎原俊及び支店長代理主査有田孝機(以下「有田」という。)に対し、佐藤から、征夫が控訴銀行から借り受ける一五〇〇万円の債務について被控訴人が担保に入れる預金である旨を説明し(なお、この借受けについては、同年二月二八日、控訴銀行から事前に了解を得ていたものである。)、本件各定期預金をした。しかし、当日は土曜日で終業時刻を過ぎていたこともあつて、三月七日に五日の勘定処理として各定期預金証書が作成されたが、近いうちに担保に入れる予定の預金であるため、そのまま控訴銀行杉田支店が預金証書を保管し、被控訴人には、その預り証を交付しなかつた。

3  昭和五八年三月一一日には、征夫が新芝浦自動車に対して不法行為による一五〇〇万円の損害賠償債務を負担していることを確認する旨の債務弁済契約公正証書が作成されたが、その際、被控訴人は、佐藤から連絡を受け、征夫と共に右公正証書の作成に立ち会つた。

4  昭和五八年三月一七日及び同月二五日、それぞれ征夫名義で控訴銀行杉田支店に普通預金口座が設定されたが、いずれの場合においても、同支店の有田が佐藤に呼ばれて新芝浦自動車の事務所に赴き、征夫の立会いの下に、同人に代わつて佐藤が記名押印をして必要な書面を作成した。なお、三月一七日の口座は、征夫が控訴銀行から一五〇〇万円を借り受け、これによつて新芝浦自動車に弁償する金銭の出し入れを明確にするために設定し、同月二五日の口座は、この一五〇〇万円とは関係なく、征夫が新芝浦自動車に弁償する別の金銭の出し入れを明確にするために設定したものであるが、このことについては、征夫に何らの異議もなく、征夫は、同月一七日、新芝浦自動車に一五〇〇万円を弁償するため、控訴銀行から手形貸付けの方法により同額の金員を借り受け、これを同社に入金することを約束し、右借受け等に関する一切の権限を佐藤に委任して、自己の印章を同人に預けた。

5  そこで、佐藤の申出により、控訴銀行の征夫に対する一五〇〇万円の貸付けのうち三〇〇万円について、昭和五八年三月三一日に手形貸付けを実行することになり、前日の同月三〇日午前、新芝浦自動車の事務所において、佐藤、征夫及び控訴銀行杉田支店の有田が打合せをして、佐藤が征夫を振出人とする金額三〇〇万円の約束手形の振出人欄及び定期預金質権設定契約証書(乙第六号証の一・二)の債務者欄に征夫に代わつて同人の記名押印をした。そして、征夫から同日午後に控訴銀行の行員が訪問する旨の予告が被控訴人に伝えられ、同日午後、有田外一名の行員が被控訴人の当時の勤務先である横浜市戸塚区の大阪商船三井船舶の寮を訪問した。有田らは、同寮の談話室兼応接間において、被控訴人に対し、定期預金を担保に入れるための書類である旨説明して、同月三一日付けで、持参した右定期預金質権設定契約証書の質権設定者・連帯保証人欄に被控訴人の署名押印を受けた。これにより、被控訴人は、控訴銀行に対し、征夫が控訴銀行との取引により負担する債務及び手形上、小切手上の債務を担保するため、さきに被控訴人が控訴銀行に預けた一五〇〇万円の本件各定期預金について質権を設定し、かつ、右債務について本件各定期預金の元利金額の限度で連帯保証することを約束した。そして、既に控訴銀行が保管していた前記の各定期預金証書は、右質権設定に伴つて、引き続き控訴銀行が預かつた。

6  その後、抗弁1記載のとおりの約定で、昭和五八年三月三一日、同年四月一一日及び同年九月一日に各三〇〇万円、昭和五九年一月二五日に六〇〇万円が、いずれも手形貸付けの方法により控訴銀行から征夫に対して貸し付けられ、征夫が昭和五八年三月一七日に設定した控訴銀行杉田支店の前記普通預金口座に各貸付金が振り込まれた。これらの貸付金の弁済期は、各約束手形の満期をもつて定められ、その満期到来後、金額三〇〇万円の各手形については、三回又は二回にわたる手形の書替えによつて弁済期が延期され、その都度、期間中利息の前払がされ、最終弁済期は、全部の貸付金について本件各定期預金の満期と同じ日である昭和五九年三月五日と定められた。これらの手形の振出し、書替え等については、征夫からの当初の委任に基づき、佐藤が征夫に代わつて関与したが、この間征夫には何らの異議もなく、第一回目及び第二回目の手形振出しの際には、征夫は、佐藤が控訴銀行杉田支店の有田に対して手形を交付する場に立ち会つた。

7  控訴銀行は、昭和五九年一二月二〇日、被控訴人に対し、抗弁6記載のとおり、本件各貸付金債権についての保証に基づく債権を自働債権、本件各定期預金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。そして、右相殺により、本件各定期預金は、その元金のうち三万四六四六円が残存することになつたとの計算の下に、この残元金及びこれに対する右相殺の日の翌日である同年一二月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金については、控訴銀行が原審の口頭弁論期日において請求の認諾をした。

原審における征夫及び被控訴人本人の各供述中、以上の認定に反する部分は、≪証拠≫に照らし、たやすく採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  再抗弁について

被控訴人は、「仮に被控訴人が本件質権設定等をしたとしても、被控訴人は、本件各定期預金証書の預り証であると誤信して、乙第六号証の一・二の定期預金質権設定契約証書に署名押印したものであるから、その意思表示には錯誤があり、無効である。」と主張し、被控訴人本人は、原審における本人尋問において、右主張に沿う趣旨の供述をしている。

しかしながら、被控訴人が署名押印した乙第六号証の一・二には、その標題として、「定期預金質権設定契約証書」と大きな活字で明瞭に印刷されており、征夫の控訴銀行に対する本件借受け債務を担保するため、被控訴人が本件各定期預金について質権を設定する旨が記載されていて、だれが見ても右書面が本件各定期預金の預り証であると誤解するような記載は全く無いばかりでなく、さきに認定した被控訴人が本件各定期預金をするに至つた経緯、並びに、被控訴人が控訴銀行杉田支店で本件各定期預金をした際及び同支店の有田が被控訴人から乙第六号証の一・二の署名押印を得た際の状況に照らすと、被控訴人が右「定期預金質権設定契約証書」を本件各定期預金の預り証であると誤解したものとは到底考えられないから、被控訴人本人の右供述は、たやすく採用することができず、他に再抗弁を裏付けるに足りる証拠はない。

四  ところで、前述のとおり、控訴人は、昭和五九年一二月二〇日被控訴人に対して相殺の意思表示をしたが、その自働債権である本件各貸付金債権についての保証に基づく債権及び受働債権である本件各定期預金債権については、いずれも同年三月五日に履行期が到来したものであるから、右相殺は、相殺適状を生じた右同日に遡つて効力を生じたものというべきである。そして、同日現在において存在した控訴人の被控訴人に対する債権は、右保証に係る債権の元本一五〇〇万円のみであつたことは前認定のとおりであり、他方被控訴人の控訴人に対する債権としては、右預金債権元本一五〇〇万円及び同日までの利息六二万一〇〇〇円(税引き)が存在したことは当事者間に争いがないから、右相殺の結果被控訴人の預金債権中元本六二万一〇〇〇円を除くその余の双方の債権は、すべて消滅したことが明らかである。

そうすると、控訴人は被控訴人に対して右残元本及びこれに対する同年三月六日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるところ、そのうち元本三万四六四六円及びこれに対する同年一二月二一日以降の分の遅延損害金については、控訴人が原審の口頭弁論期日において認諾したから、この分を除くと、その残は、元本五八万六三五四円及びこれに対する同年三月六日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金並びに右認諾の分三万四六四六円に対する同年三月六日から同年一二月二〇日までの遅延損害金一六四七円である。したがつて、被控訴人の本訴請求は、残元本に認諾分の遅延損害金残金を加えた五八万八〇〇一円及び残元本分五八万六三五四円に対する昭和五九年三月六日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるが、その余は理由がない。

五  よつて、被控訴人の本訴請求を右の限度で認容して、その余を棄却すべきであるから、これと異なる原判決を変更

(裁判長裁判官 橘勝治 裁判官 安達敬 鈴木敏之)

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